椎名麟三「媒酌人」

 従妹の夫である伊川民夫が突然我が家に転がり込んできた。聞けば、叔父を殴ったために村から追い出され、妻とは別居し行くあてがなく、東京に行けば仲人をしてくれたおじさんがいるし、そう思ってやって来たという。だが、私は彼とは結婚式の日に一度会ったきりなのだ。そもそも泊めるのが当然といった様子が気に入らない。それにしても仲人としての責任って?

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

神の道化師・媒妁人 (講談社文芸文庫)

 名目上の仲人ということで軽々しく引き受けたその責任が、主人公の生活をかき乱します。彼は常識的な行動をとっているだけなのに、どういうわけか誰からも理解してもらえません。仕事をせずダラダラ過ごし被害者意識の強い民夫には、主人公同様、読者もイライラすること間違いなしです。
 「責任」とは境界線のことです。どこまでが自分がやらなければならないことか、どこからが自分がやらなくてもいいことか。そこに領土争いが起るのは戦国時代から変わりなく、「私」の思いとは裏腹に、境界線はどんどん広くなってしまいます。けれども広くなりすぎた責任を守るためには兵が足りず、あちこちの穴から侵入されると、今度はくるりと巡って境界線だけが自分の領域となり、両軍からは追い出され、「私」は暗い旅路へ出るしかありません。そんな小説。

 『つまり媒酌人というのは、あの大盃と同じようにあってもなくてもいい余分な存在なんだ。だからおれに責任があるとすれば、つまり余分の責任というわけだ』
 だが、そう考えても、私にはやはり自分の仲人としての責任について釈然とできなかったのである。

 「仲人なんかほんとは人間にできるもんじゃないよ。」