嘉村磯多「七月二十二日の夜」

 師の三回忌。挨拶に伺った私は、未亡人と顔面に大ヤケドを負った遺子と会う。「いっそ死んでくれたのなら・・・」と声を絞り、苦悩を浮かべた表情を未亡人は両手で覆い隠した。治療費もない未亡人を前に、私は援助をしかかるが、私にも似た境遇の子供がおり、その子にすら金を出せないではないか。ふと、私はとんでもないことを言ってしまう。


 亡くなった師匠に対し、「私」は生前から尊敬と嫌悪が入り混じった気持ちを抱いています。そのぐるぐるとした、自分でもはっきりとしていない感情が、ある出来事によって融合して爆発します。
 感情のカーブが大きく上下に振幅しながら物語は進み、その極点においてことごとく思い出されるS氏のこと、S氏のこと、そしてS氏のこと。また、その姿を自分に置き換えることで気づく、もろもろの状況について。視点がどんどん飛び移っていく巧妙さがあります。