大江健三郎「人間の羊」

 バスの中。両隣の外国兵たちは酒に酔って笑いわめき、日本人乗客たちは眼をそむけていた。やはり酔っている女が、僕とからみあって転倒したとき、外国兵は女をたすけ起し、僕を強く睨んだ。肩を掴まれ突きとばされ、ガラス窓に頭をうちつけられた。外国兵はナイフを手に、うしろを向け、と叫んだ。言うとおりにする他、どうすることができよう。他の日本人の乗客たちはくすくす笑っていた。

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

 前半は町でチンピラに襲われる恐怖、後半は泣き寝する被害者心理を追います。権力の中でも低級な「体格」を利用した暴力は、最も愚劣かつ唾棄すべきものです。近年は、法律を扱ったバラエティ番組のおかげで、司法が味方であることが認識されてきました。けれども、羞恥とは人間の正常な感情であるので、泣き寝入りが消えることはないと思います。そこで被害者に勇気をうながすことになりますが、けれどもその前に、行為を見てみぬふりをした周囲の人間に対して、著者は怒りの鉄槌を下ろすのです。
 それは難しいことですが、やらなければならないこと。そこで「きっと誰かが」と思うのは、これは日本人の悪い癖。日本人の、シャイで、ディベートに弱くて、笑顔で挨拶できずに、外国人に対してすぐにSorryとやってしまう部分に、怒ります。

 羊撃ち、羊撃ち、パン パン