花田清輝「鳥獣戯話」

 『武田三代軍記』によれば、信玄の父親・信虎は完璧な極悪人であったようだ。あげくに息子に追放されるのだが、これが隠退なのかクー・デターなのかという点は、『武田信玄伝』にあるように数百年にわたる論争となっている――。武田信虎を中心として、歴史をひっくり返してみせようという大胆かつ野心的な試み。

鳥獣戯話・小説平家 (講談社文芸文庫)

鳥獣戯話・小説平家 (講談社文芸文庫)

 読む手品。作者の頭の回転の良さに感心せずにはいられません。やりすぎ批判もあるかもしれませんが、小説マジックショーなのでこれで良いのです。インテリジェンスと風刺の結晶。驚愕に次ぐ驚愕を得ることが出来る歴史検証エンターテイメント小説の最高傑作。
 主人公は名将・武田信玄の父親であり、信玄に追放された極悪人・武田信虎。書物の山に囲まれた作者・花田清輝は、織田信長をただの臆病者と切り捨てて、武田信玄の兵法を猿にたとえ、武田信虎こそが最高の陰謀家だと暴露しますが・・・。
 原著原典を確認せずに又聞きを元にして「へぇ」だの「ほぉ」だの言ってしまう人、あるいは「実話です」「実写です」「科学的根拠があります」との言葉を聞いた途端に姿勢を正してしまう人は、この作品に完璧にやられることを保障します。読み終えたとき、そこには作者のニヤリな表情が見えるはずです。なぜなら、この作品の面白さは、レトリックが人間に与える効果を熟知した作者による、とある大仕掛けにあるのですから。

 これは、たぶん、かれが父親のはなしをきいて、戦国の世の有為転変のはげしさの多少の感慨をもよおしたからであろう。(略) しかし、そこでかれが、ふと猿を連想したのは、もしかすると、父親の運命を大きく狂わせてしまったのが一匹の猿だったということを、まざまざとおもいだしたためではあるまいか。