色川武大「百」

 私はこれまで九十五になる父親と八十近い母親の世話をずっと回避し続けてきた。なぜなら父親は私の土地に平気で攻め込んでくるからだ。私が初めて書いた小説は、父親を叩き殺す話だった。しかし現実の父親はなかなか死なない。この父親のそばに居てやるためには、私は父親の兵卒にならなければならない。それができるだろうか――。

百 (新潮文庫)

百 (新潮文庫)

 100歳近くになり衰えが目立つようになった父親は、それでも気だけは強く、未だに家長として君臨しています。これはこれで難しい環境なのですが、「私」にはずっと父親の面倒をみてこなかったという罪悪の感情があり、また、幼い頃から(自分独自の世界に)「攻める」「攻め込まれる」という感覚を持っていたために、親子の関係は余所余所しいものになっています。
 彼らの関係は、今更互いにすり寄ることが出来るレベルではありません。その場合、変わらなければならないのは、年若い息子の方でしょう。もちろん、重々承知している、けれども・・・といった重たい感情が、突き放した文体でとらえられています。川端康成文学賞受賞作。

 偶然であれ、内容がどうであれ、父親の一生はまだ途上で、今生きている以上、果てなく生きると思うほかはない。