色川武大

色川武大「右むけ右」

私が昭和十五年に入学した中学校は、内面のことよりも外面を正すことに特徴があったように思う。それは中島校長の教育方針にあったのだろう。今、当時のことを振りかえるにあたり、私はこの小文を恩師の美談にするつもりはない。劣等性だった私は教師たちか…

色川武大「サバ折り文ちゃん」

顔と胴体が異常に大きく、足が細い。身の丈は二メートル弱。出羽ヶ獄文治郎は、全体の感じが陰気で痴呆的な巨漢力士だった。大正から昭和にかけて文ちゃんの愛称で親しまれ、負けても勝っても日本中の人気者だった。だが、その人気はマイナスのものであり、…

色川武大「百」

私はこれまで九十五になる父親と八十近い母親の世話をずっと回避し続けてきた。なぜなら父親は私の土地に平気で攻め込んでくるからだ。私が初めて書いた小説は、父親を叩き殺す話だった。しかし現実の父親はなかなか死なない。この父親のそばに居てやるため…