梅崎春生「山名の場合」

 山名申吉は、いつも同僚の五味司郎太とセットで扱われていました。いずれも三十一歳、背丈低く、独身、国語教師、職員室での机も隣同士で、月給の額までぴたりと一致していたのです。山名はいつしか五味をぼんやりと憎むようになりました。同類意識、競争意識、しかし、それだけではないようです。山名が自分の気持ちにはっきりと気が付いたのは、小説を書いてみようと思い立ってからでした。

山名の場合 (1955年)

山名の場合 (1955年)

 自意識過剰な人間が、一般から自らの影のように思われている大人しい、とても大人しい男を相手に、違いを見つけようと孤軍奮闘、いや、一人相撲をとってしまう話です。そういう人間にとって辛いのは、影程度とみなした相手に無視されること、そして仕事の実力で負けることでしょう。その結果、辛さが憎さへと変換するのは、充分にあり得ます。何ともジメジメとした話ですが、語り口のやわらかさが、作品にいくらかの暖色を加えているように思います。

 『このままでは俺は、何のために生きてるのかも判らない』(略)
 『生き甲斐を感じなくてはならぬ、生き甲斐を!』