壇一雄「終りの火」

 妻・リツ子は昏々と眠っている。リツ子のお腹は生気も弾力も失い、死火山のようにげっそりと陥ちている。舌と唇の亀裂はひどく、微塵のひびに犯されている。知覚も何もなくなっているにちがいない。足は足とは思えず、巨大なキノコの類に思われた。父は息子・太郎と話す。太郎は大きくなってから「チチになり、御飯タキタキする」という。太郎は笑う。父は涙する。

花筐・白雲悠々 (講談社文芸文庫)

花筐・白雲悠々 (講談社文芸文庫)

 密度の濃い短文の連発が、短い話でありながら膨大なイメージを湧き上がらせてくれる作品です。死にいく母と、何も知らずに元気な息子。この対比が与えるコントラストは強烈です。それでいて、主人公の目は感傷にひたりすぎることはありません。あくまでも、さりげなく、さりげなく・・・。読み手に与えられた自由が、主人公の心の動きを探りやすくさせ、結果、沈滞した寂寞感に達することが出来るように思います。

 ここではもうすべて人の世のモラルや掟は意味がない。ただひたすら人のいのちの温かさをほのぼのと感じさせるものがあるだけだ。疑いもなくわが戦後文学の最大傑作の一つである。(河上徹太郎