2004-06-12から1日間の記事一覧

梅崎春生「ボロ家の春秋」

僕が借りている家に突然、野呂旅人という男がやってきました。そんな話は聞いちゃいませんでしたが、どうやら二人とも貸主に騙されたらしい。僕らは被害者同士で気持ちを通じ合わせたのですが、この友好関係は長続きしませんでした。この野呂は嫌がらせが好…

梅崎春生「崖」

私はなるべく目立たない存在に自分をおくことで、摩擦から逃れようと努力していた。なので(なぜ加納は謝らないのか?)と加納への私刑を見ていて、私は思った。機を見て謝れば、それで済む場合があるのだ。彼を支えているのは自尊心と英雄ぶりへの自己陶酔…

梅崎春生「山名の場合」

山名申吉は、いつも同僚の五味司郎太とセットで扱われていました。いずれも三十一歳、背丈低く、独身、国語教師、職員室での机も隣同士で、月給の額までぴたりと一致していたのです。山名はいつしか五味をぼんやりと憎むようになりました。同類意識、競争意…

壇一雄「終りの火」

妻・リツ子は昏々と眠っている。リツ子のお腹は生気も弾力も失い、死火山のようにげっそりと陥ちている。舌と唇の亀裂はひどく、微塵のひびに犯されている。知覚も何もなくなっているにちがいない。足は足とは思えず、巨大なキノコの類に思われた。父は息子…