大江健三郎「下降生活者」
将来を嘱望される助教授だった僕は、自身を上昇させることにやっきになっていた。出世のために全てをささげていたといっていい。ああ、唾をはきたければはくがいい。これが一年前の自画像だ。だが去年の夏のころである。順調さからくる不安と警戒が与える限りない孤独に怯えるようになった僕は、《希望》を保ったまま階段から降りることにした。つまり《架空の僕》を作り出すことによって。
- 作者: 大江健三郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1974/05/28
- メディア: 文庫
- クリック: 32回
- この商品を含むブログ (44件) を見る
僕はアルコオル中毒でもないし、麻薬中毒でもない、僕は饒舌なだけなのだ。僕がとめどなくしゃべりたがるのは、これが僕の天性だからなのだ。
僕の頭は唾の白っぽい飴色の放物線にむかってさしだされるだろう。それは僕自身の唾でもある。
- 牧野信一「西部劇通信」