野坂昭如「火垂るの墓」

 母は息をひきとり周りの人には辛くされ、清太と節子は横穴に住む。すぐに食い物なくなり節子はやせ衰え、人形を抱く力もはいらない。――お父ちゃん、今ごろどこで戦争してはんねんやろ、なあ、お母ちゃん。せや、節子覚えてるやろか、と口に出しかけて、いや、想い出させたらあかん。ゆるやかな動きを追ううち、夢のなか。

アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)

アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)

 石川淳ばりの饒舌体で描かれる、罹災した兄妹の転落。大人ですら生きることに必死だった時代、この兄妹の貧しさと孤独さは決して特別なものではなかったのでしょう。だから彼らは大人たちから特別優しくされることはありません。普段どれほど優しい人でも、一番かわいいのは自分です。もちろん、それではハンストを行う精神を持っていないともいえますが、貧困の底を知る者はその考えを抱かないのではないでしょうか。だから、この兄妹は冷たくみえる他の人を恨まないのだろう、と・・・。