大岡昇平「焚火」

 空襲のとき、五歳だった私は母と一緒に逃げました。どんと大きな地響きがして、気がつくと、母は腰から下がコンクリートや木材のかけらの下になっていました。そのときの母の真剣な眼が今も忘れられません。「みっちゃん、歩けるわね。一人で行けるわね」。私はただ泣くだけでした。「みっちゃん、お母さんといっしょに死ぬ?」・・・私はそのとき、死んでしまった方がよかったのです。

 ミステリタッチの作品です。この後ストーリーは直近の出来事へと向かい、ある条件での自然の姿を作者はじっくりと描写していきます。展開のスピードを奪うそれは、短いストーリーの中では不必要なもののように思われますが、「これは是非必要なのです」と「私」は語りつづけます。自然が彼女らの運命に果たした役割に面白いものを感じました。