尾崎一雄「退職の願い」

 私は人生において素人である。二十代で「めんどくせエ」を口癖にしていた頃から、それは変わっていないのではないか。私が「責任感」を持てたのは、ようやく妻をめとり、長女を得てからのことである。だがこの一年ほどの間で、私は記憶力の減退を感じだした。父が死んだ年まで生き、子供たちもすでに独立した。(うん、そうだ――。俺もそろそろ引退すべきなんだ。)


 これは「人生の現役ランナー」からの退職願いです。けれども、決して老いから弱気になったわけではありません。人生とはそういうものだ、次の世代へ繋ぐものだという諦観が、かつて不良だった「私」をして、つとめて前向きな退職に向かわたようです。背筋を伸ばしての退職です。後半に語られる銀座での娘とのエピソードは、暖かいものがありました。また、この潔さは、老害と呼ばれながら役職に居座る人たちへの、強力なアンチテーゼとも成りえるものだと感じました。