太宰治「畜犬談」

 諸君、犬は猛獣である。彼らは馬をたおし、獅子をも征服するというではないか。いつなんどき怒り狂い、その本性を発揮するかわからない。世の多くの飼い主は、さながら家族の一員のようにこれを扱っているが、不意にわんと言って喰いついたら、どうする気だろう。三、七、二十一日病院へ通い、注射を受けて治療しなければならない。戦慄、である。

太宰治 滑稽小説集 (大人の本棚)

太宰治 滑稽小説集 (大人の本棚)

 「犬は猛獣だ、私は食いつかれる自信がある」という冒頭から、とてもおかしく、笑いどころ満載の楽しい小説です。「太宰治は暗い」というイメージをお持ちの方に、是非読んでいただきたい作品。決して国語の授業には出てこない、太宰治のもうひとつの顔です。
 主人公は「畜犬」との間に太い境界線をひいておき、犬の恐ろしさや嫌らしさをこれでもかとオーバーに表現します。その後の展開もいいのですが、そのときに「なんだか自分に似ているようだ」と一人ボソリとつぶやいちゃいます。そこに気づいたらもう最後。あとはなるようにしか、なりません。

 思えば、思うほど、犬は不潔だ。犬はいやだ。なんだか自分に似ているところさえあるような気がして、いよいよ、いやだ。たまらないのである。