椎名麟三「自由の彼方で」

 情けなくていやらしい清作は、レストランで働きながら、自分が何をしたいのか、さっぱりわからないと考えていた。ああ、どうしてぼくには幸せがこないんだろう!と裏の空地で涙していたが、そもそも幸福とは何なのかということについてさえ、具体的なことはわかってはいなかったのだ――。家出少年が共産党に入党し、その波乱の果てに見つけたものは。

自由の彼方で (講談社文芸文庫)

自由の彼方で (講談社文芸文庫)

 作者の自伝的作品ですが、思い出を懐かしむということは全くなく、自らの過去をその存在ごと徹底的に突き放しています。それは過去に対する自己嫌悪から来るもので、その思いに至った道のりが描かれていきます。相談相手を持たない清作は、自分ひとりの思い込みから悩み続けるのですが、それはまるでジュリアン・ソレルのよう。

 『それでもおれは生きたいんだ。生きて、一度でもいい、おれは自由だ、と叫んでみたいんだ』