牧野信一「天狗洞食客記」

 「エヘン!」と咳払いを発すると、右手の先で顎を撫で、それから左腕を隣りの人を抱えるように横に伸して、薄ぼんやりとギョロリ。奇妙な癖をもち、それが頻発するようになった私は、周りの人々にことごとく気味悪がられた。そこで私はR氏の世話で、天狗洞の食客となったのである。親切なR氏は、私を規則正しい生活の中で変身させようとしたのだろう。しかしそこの主人というのが、これまた変わり者で・・・。

バラルダ物語 (福武文庫)

バラルダ物語 (福武文庫)

 見立ての意外さと話の脱線ぶりが、おかしくてたまりません。スピーディな展開はとどまるところを知らず、ラストの流れ行くイメージが残像として残る、とても印象的な作品です。
 ハイテンションの中にも憂いがあり、「別にいいや。どうせ何の目的もないのだから」といった捨て鉢さが、ちょっぴり濃い目に流れています。この作品を評して「千古の傑作」とは梅崎春生