小林秀雄「中原中也の思い出」

 中原は生活に密着した詩を書き、悲しみの救いを悔恨のうちに求め、告白した。しかし告白は、新たな悲しみを作り出す事に他ならなかった。自分の告白に閉じ込められ、出口を見付けることが出来ずにいた。それは彼の誠実のためだ――。

現代の随想 5 小林秀雄集

現代の随想 5 小林秀雄集

 近代を代表する詩人・中原中也の言動について、親友・小林秀雄が語ります。かつての三角関係をめぐる悔恨の穴をのぞきつつ、女、花見、ビール、会食・・・といった映像とともに振り返ります。
 その結果、浮かんでくる中原中也の姿には、あちこちから神経の飛び出た、鋭くて繊細な針の存在を感じます。また、複雑なバックグラウンドを乗り越えた、二人にしか持ち得ない、理解し得ない姿があり、埋める手段を失った「深くて暗い穴」を生涯抱え込むことを覚悟した人間の複雑な想いも浮かんでいます。
 この詩人は意識した詩人ではなく、生まれながらの詩人であったようです。けれども表現の方法を一つしか持たない人間は、その出口が目詰まりした場合、呼吸困難を感じ、抜け道を探そうと必要以上にもがいてしまうように思います。そのための抜け道、それを「趣味」と言い、だから「息抜き」というのだろうと思います。

 私は辛かった。詩人を理解するという事は、詩ではなく、生れ乍らの詩人の肉体を理解するという事は、何んと辛い想いだろう。