壇一雄「降ってきたドン・キホーテ」

 一月元旦。変り映えのしない年賀状の中に一通、馬鹿デカイ封筒が混じっていた。これこそは誰あろう、ラ・マンチャの騎士ドン・キホーテ氏からのものだった!どこかの大統領が会見を申し込んできたのとはわけが違う。偉大なる騎士をどのように迎えるか、浴びるほど酒をあおりながら思案しなければならぬ。私は女房の有金全部をかっさらい、街頭へと飛び出した。

 突然降ってきたドン・キホーテ。着眼点も面白ければ、展開のむちゃくちゃさも面白い珍品です。あれほどの偉人を、よりによってそんな夜の場所に連れて行くなよ〜という遍歴の旅が、マジメ顔した「壇一雄」によってユーモラスに語られます。けれども、ほら、ラ・マンチャの騎士は素直なものだから・・・食欲旺盛かつ暢気な騎士たちを前にして、「壇一雄」の心境は、急カーブをとって極悪な方向(!)に変化していくのでした。快作。

 何、スペイン語?冗談言っちゃいけないぜ。闘牛にあこがれる壇一雄スペイン語なら、グラナダの土語に迄精通していることを、諸君らは知らないのか?

 そう言えば、睡眠という奴は、よく滑る――長い長い、粘土の川岸を持った一筋の流れのようなものである。はい上ろうと、その川岸にたどりつく度に、またズルズルと流れの方に落ちこんでいって――またはい上ろうと岸辺の方によってゆくとまたズルズルと流れの中に滑ってゆく――。
 そうして、そのズルズルの最後のあたりがオサラバ人生という奴だろう。