石川淳「狂風記」

 荒れた裾野はたましいの領地。怨霊の国。えらばれた住民マゴは、ゴミの中からシャベルをつかって骨をさがすと、オシハノミコの因縁でヒメの肌に押しつぶされる。千何百年の歴史をその場に巻きかえし、人間の怨霊が食らいついて離れない。因縁の目方は歴史の重み、宿願成就に向けて霊をひきつれ、リグナイトから忍歯組の犬どもが陽根を食らおうと襲いかけるが、ヒメは長野主膳のすがたをみる。

狂風記(上) (狂風記) (集英社文庫)

狂風記(上) (狂風記) (集英社文庫)

 SF超大作。圧倒的な想像力をもって描かれる、ド迫力のスペクタクル。相変わらず見事なつかみに引き込まれますが、読み進めるうちに徐々にわかりやすさが後退し、繊細な顔をした仮面がボロリとはずれると、ついに粗野で乱暴な本物が登場し、野性味あふれる展開と高揚感に、唖然、茫然。この時、作者は72歳。信じられません。
 小出しにされていた妖術は、陰陽が対峙する局面で全開となります。嵐となって吹き荒れる思索の大戦争。理屈を跳ねのけるのはボロ傘の力か、地の底を掘り進むシャベルの力か。個々人が持つアイテムが強調され、各方面を代表するスーパースターが決死の戦いを繰り広げます。この試合の勝者は、敗者は。そして、提示されるこの世界の行く末は。

 おそらくこれは戦後文学史のなかでも特筆されるべき文学的戦いのひとつだろうと、わたしは思う。(井上ひさし
狂風記(下) (狂風記) (集英社文庫)

狂風記(下) (狂風記) (集英社文庫)