石川淳「虎の国」

 猿狩を催した中に豪のもの、今枝無利右衛門がいた。猿めを追って山へ分け入れば、いつしか自らも見失う。大脇差の男と出会い、うかがうに、近隣一ところは、今は加賀領でも越前領でもないという。無利右衛門いぶかしげに問う。年貢もなければ掟もないが、酒にもあそびにも事かかぬ、手だれどもがあつまった、それがこの土地、虎の国だ。勇力の者がかしらになるというこの土地に、どうだ、勝負してみる気はないか。無利右衛門おもうには、試合と聞いてためらう武士はなく、こころをきめて、ともに向う。奥殿には大師匠の手前に、高弟三人あり。いざ、勝負。

石川淳全集〈第8巻〉

石川淳全集〈第8巻〉

 短い話なので物語のテンポが早く、ぐいぐいと一息で読み終えることができます。押すところは押し、引くところは引き、そしてキレイに別れて、後くされなし。そんなサムライの魅力が出ている作品です。
 最後の最後に見られる「情」の形が、とてもいい。それはホンモノとホンモノとの間にしか通じ得ない、さらりとした、それでいてしっかりとした絆。