石川淳「飛梅」

 愛情のかぎりに光子を育てた大八だったが、帰国してみると光子は不良になっていた。その間育てていた十吉の返事は歯切れが悪い。光子に逢うこと叶わず、ついと大八は立ちあがり、「おれは必ず光子に逢ってみせるぞ」と息まいてようやく外に出て行った。すると十吉はいそいで二階にひきかえし、ちゃぶ台につまずく勢いで押入のまえに駆け寄り、がらりとあけると、とたんに中から、「ばか」。

石川淳全集〈第3巻〉

石川淳全集〈第3巻〉

 荒れた土地の中、人間の精神が躍動し、花が咲き誇ったまま肉体が華麗に舞うストーリー。作者の筆は前半のゆったりとしたリズムから一転、人間の動作に追いつくために変化して、思いがけないほどエロティックな展開に突き当たります。このチェンジオブペースの見事さと、それを包み込む濃密な梅の香りが印象的。

 「それじゃ、ぼくがおまえの肉体に惚れたといったら……」
 「くすぐったいよ、助平。」
 ぴしりと、しなった平手の音が十吉の頬に鳴った。