野間宏「暗い絵」

 どうしてブリューゲルの絵にはこんなにも悩みと痛みと疼きを感じ、それらによってのみ存在を主張しているかのような黒い穴が開いているのだろう・・・。見まいと思ってもこの絵が持つ不思議な力は、彼らに彼ら自身の苦しみと呻きを思い起こさせていた。永杉英作、羽山純一、木山省吾。自己嫌悪と口論と傲慢との混合した大学時代を、共に学び、共に遊び、共に苦しんだ人々である。

暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

 すべてが終わった現在の視点から、あの青春の頃をノスタルジックに振り返ります。舞台は戦時中の日本。一緒に過ごした仲間たちが「俺はやるよ!」と立ち上がろうとする瞬間。震える声と引き締めた顎による、不安と期待の入り混じった決心。この姿は何物よりも気高いものがあるように思います。冒頭からしばらく続くブリューゲルの絵についての詳細な説明は、粘着質のある文章で読みにくさがありますが、この作品の精神状態をよく表しているようです。

 彼は、美術愛好者のように絵画に関する深い知識や造詣のある人間ではない。絵の流派やその伝統や歴史に通じているのでもない。彼はただ自分の心の中に魂のようにして在る苦しみが、ブリューゲルの絵のもつ、暗い痛みや呻きや嘆きに衝き上げられるのを感じたのである。