大江健三郎「芽むしり 仔撃ち」

 感化院から集団疎開してきた僕たちは、悪意ある壁に閉ざされたこの村に連れてこられた。家畜のような食料に、僕らの心は屈辱で満たされた。だが数日後、大人たちは逃げていった。この村にみられはじめた疫病から逃げたのだ。僕たちを置きざりにして・・・。だが、虚勢をはらなくてはならない。この村を僕たちの住居にしようじゃないか。この村を支配するのだ!はじめて得た自由に、僕たちは心躍る。

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

 凝り固まった世界を崩壊させて、新たに創造するのは次世代の若者の仕事です。突然めぐってきた世界構築のチャンスに、問題児たちは、環境により失われていた生命を輝かせ、伸びやかに生きます。
 大人たちと少年たちとの関係は、主人と奴隷どころではなく、人間と獣、差別と被差別の関係です。「自由」を必死に欲する少年たちの、状況に対する柔軟さ、感情の振幅の大きさが、この作品に輝きを与えました。隔離された中で起こる様々な出来事が、少年たちの心をときめかせます。その純情で自由な決死の叫びが、そのまま作品の命となっています。そして、ラストには大きな感動が。

 ぼくは自分の少年期の記憶を、辛いのから甘美なものまで、率直なかたちでこの小説のイメージ群のなかへ解放することができた。それは快楽的でさえあった。(大江健三郎