太宰治「魚服記」

 馬禿山の滝つぼ近くの茶店で、店番のスワはすべて父親の指示どおりにしていた。しかし、このごろ、スワはすこし思案ぶかくなってきたようである。ながめているだけでは足らなくなってきたのだ。父親は、売れても売れなくても、なんでもなさそうな顔をしている。スワは、そういう父親が馬鹿くさくて、「阿呆、阿呆」と呶鳴った。

晩年 (角川文庫クラシックス)

晩年 (角川文庫クラシックス)

 大人の入り口に差し掛かった少女スワは、変わらない日々から抜け出すことを考えています。行間を読むタイプの小説であり、なされる描写の美しさから、そこは一見透明であるかのように思えます。事実、父親は透明さを信じています。
 しかし、底の方にはスワに芽生えかけた熱情が、静かに静かに潜んでいました。きっかけを与えられたそれは、出口を求めることでしょう。それは、浮上した先にあるのでしょうか。それとも、さらに潜った先にあるのでしょうか。その選択の結果が、ラストに。