尾崎一雄「まぼろしの記」

 私よりも優れた人間が、私よりも先に死んでいく。懸命に生きようとする人間を押しつぶす、ある理不尽な力を感じざるをえない。60を過ぎた私は、縁側でこれまでのことを思い出していた。けれども、抵抗のしようがないじゃないか。どうしようもないではないか。私には毎日の生活がある。これまでどおり過ごすしかない。

まぼろしの記・虫も樹も (講談社文芸文庫)

まぼろしの記・虫も樹も (講談社文芸文庫)

 死ぬ人は死ぬし、生き延びる人は生き延びる。その運命の鉄槌は、いったい何を基準にしているのか・・・。老境にさしかかった主人公の脳裏をよぎる心境をつづった小説です。過去の上に現在があり、その先に未来があるという、当たり前のピラミッドが改めて意識される作りです。