武田泰淳「もの喰う女」

 私は最近では、二人の女性とつきあっていました。男友達も多い弓子との付き合いは、愛されているようであり、馬鹿にされているようでもあり、その反動が私を房子に近づけました。房子は喫茶店で働く、貧乏な女でした。彼女のそばに居ると、弓子のおかげでいら立った神経がおさまりました。「おいしいものを食べるのがわたし一番好きよ」という彼女の欲望には、恋愛と食欲の奇妙な交錯があるようでした。

武田泰淳 (ちくま日本文学全集)

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 ギスギスとした神経の疲れる生活を、癒してくれる存在としての房子。都合のよい関係ともいえますが、彼女が持つ独特の性質は主人公をすら喰ってしまいます。「モガモガと吸いつく行動」も、実際は彼女に喰われただけのようです。原始的な欲望である食欲は彼女の存在を示しており、まるですべての厄介ごとを喰い尽くしてしまいそうです。その食欲がある限り、彼女はどのレベルの生活にも耐えることが出来るのでしょう。そしてその食欲の意味を考えている限り、主人公の生活は変化することはないのでしょう。とりあえず食べなければ!
戦後短篇小説再発見2 性の根源へ (講談社文芸文庫)

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心に残る物語 日本文学秀作選 魂がふるえるとき (文春文庫)

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