武田泰淳「夜の虹」

 唐木は「思想犯」として捕らえられているが、実は彼は「殺人犯」でもあった。このことは秘密である。またこの空襲下では、知られるはずもないという安心感もあった。だが、留置場に最近、脱獄の名人・石田が収監されてきた。彼は明確な「殺人犯」であった。唐木は自分を日夜しめつけている「殺人犯の心理」を処理するための何らかの解答が、石田から得られるかもしれないと感じていた。


 「自分がそんなことをするはずがない、絶対に有り得ない」。いくらそう確信していようとも、状況によってはアッサリと行ってしまうのが人間の不思議です。この普遍のテーマを「殺人」という究極において、分かりやすく示したのが本作。
 これは爆撃下という異常な状況なため、「性悪説」を説いたものではないように思っています。場面は1つ、登場人物は3人と、シンプルな舞台劇のよう。「沈黙を続ける脱獄の常習犯」など人物の設定も面白く、沸点超え作家・武田泰淳にしてはとっても読みやすく、おススメです(文学的評価なるものは低いのかもしれませんが)。

 「人間は誰だって何をするか性根はわからない。ほんとはどんな人間か、当人でも死ぬまでわからない」