尾崎翠

尾崎翠「詩人の靴」

薄暗い屋根裏部屋に、貧しい詩人の津田三郎が住んでいた。彼は世の中とか人間とかに恐怖と嫌悪を持っていたので、この部屋はその性情に適っていた。机から二歩で窓から外界を眺められ、さらに二歩で寝台へ逃れることが出来るのだ。ところがある朝、三郎は物…

尾崎翠「歩行」

夕方、私は幸田当八氏のおもかげを忘れるために歩いていた。医者である幸田氏の研究は、戯曲のなかの恋のせりふを朗読させ、そのときの人間心理の奥ふかいところを究めることにあったのであろう。そのために私がモデルになったのである。幸田氏が滞在してい…

尾崎翠「第七官界彷徨」

この家には勉強熱心な家族が住んでいるのである。二助の部屋からは肥やしの匂いが漏れ、三五郎は受験とは無関係なオペラを歌い、一助は彼らを「分裂心理だ」と言っている。そこで私は詩の勉強を始めたのである。人間の第七官に届くような詩を作ってやりまし…