壷井栄「坂道」

 堂本さんは二年前にはじめて家にやってきました。ご家族がなくなってひとりぼっちになったため、家をたよってきたそうです。堂本さんは本当の家族のようでした。この頃、お父さんは仕事探しを半分あきらめて、あまり良くない仕事につきました。けれども若い堂本さんはそんな気にはなれません。なんとか仕事を見つけましたが、ある日、しょんぼりして帰ってきました。

日本の童話名作選 昭和篇 (講談社文芸文庫)

日本の童話名作選 昭和篇 (講談社文芸文庫)

 仕事がなく貧乏な坂道の下から、ゆっくりゆっくり登っていこうという小説で、快い善意と懸命さがうかがえます。ところが社会ではその過程において、すでに坂道の中腹にいる人間の見下ろした視点に出会うことがあります。
 そのとき中腹にいる人間が判断する材料は、見た目や、職業や、学歴です。瞬間の応答力やコメント力などでごまかすことが出来ない正直な人間は、色眼鏡で物を見ることしか出来ない人間からは、たとえ彼らよりも上に登ろうとも、常に精神的に見下ろされ、嫉妬から「成り上がり」と言われてしまうのでしょう。
 社会とは、自分を失わずに不器用であっても一生懸命にやっていくうちに、必ず立場が逆転するようなものでなければなりません。それをせめて自分の周囲だけにでも作り上げること、人間を内側で評価しようと心がけることは、とても大事であると考えます。