石川淳「黄金伝説」

 戦争以来すっかり自分を見うしなったわたしは、いくたびか息絶えようとしたが、狂いながらもカチカチとこの世をきざむ時計の音が、わたしを地上に引きとどめたのだった。そして汽車に乗って諸国を走りまわっては、三つの願いをかなえようとしたのである。狂わない時計、真人間のかぶる帽子、そしてはずかしながら、かつての女人である。

黄金伝説・雪のイヴ (講談社文芸文庫)

黄金伝説・雪のイヴ (講談社文芸文庫)

 戦争という長い年月を茫として過ごした「わたし」でしたが、戦後数ヶ月が経つことで、とうとう新たな人間として復活します。その過程を颯爽と描いた傑作短編。
 時計、帽子、女という3つの要素に生きることをこめた、寓話のようなストーリーが展開します。さて、この3つをそれぞれ何に当てはめましょうか?ラストはとても力強く、明日のために今日を歩む、その生きるということが実感として伝わってきます。
石川淳短篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)

石川淳短篇小説選―石川淳コレクション (ちくま文庫)